数学の不条理な有効性

数学の不条理な有効性

数学のかなり大雑把な俯瞰

数学とは、ギリシャのプラトン主義から始まった数学的形式の世界から始まったと言えます。数学の範囲と定義については、数学者や哲学者の間で様々な見解があって未だに統一的な定義がなされていません。
ただし、一つだけ確かなのは数学は形式科学と言う学問分野に分類されていて、自然科学とは明確に区別されています。これは方法論の如何によらず、数学の成果と言うものは自然科学とは異なり実験や観察によるものであってはならない、と言う共通認識があります。これをプラトン主義の数学的形式と呼びます。

数学の不条理な有効性

上で説明したように、数学とは実体を伴わない理論です。それにも関わらず、私たちが生活しているこの物理的実在の世界が数学的形式の法則に従っているように見えると言う大きな謎があります。
オックスフォード大学の著名な数理物理学者のロジャー・ペンローズ博士をご存知でしょうか?ペンローズ博士自体の功績も非常に大きいのですが、特に著名な研究として、スティーヴン・ホーキング博士との共同研究においてブラックホールの特異点定理、即ち重力崩壊を起こした物体は最後には全て特異点を形成すると言う定理を証明して、そこから事象の地平面の存在に言及した人物です。他にも現在ホットな分野である量子論の礎となる数多くの理論を提唱しています。このような偉大な功績を残しているペンローズ博士自身は物理的実在の世界が数学的形式世界の法則に従ってみえることを最大の謎と考えていました。この謎は、かのアインシュタインをも矢悩ませ「原子核と素粒子の理論における対称性の発見」によりノーベル物理学賞を受賞した偉大な物理学者であるユージン・ウイグナー博士ですら

物理学の法則を定式化するのに、数学と言う言語が最適であると言うこの奇跡は、我々の理解を超え、またわれわれにとって願ってもない天恵です。われわれは、そのことに感謝し、将来の研究にもそのことが当てはまり、そのことが、よかれ悪しかれ、またわれわれとってありがたかろうが迷惑であろうが、広い学問の分野にも当てはまることを期待すべきでしょう。

http://bit.ly/2lXauFf

と述べています。
ユージン・ウイグナー博士は数学がこの物理的実在の世界をあまりにも見事に記述することを数学の不条理な有効性と呼びました。実はこれには2つの側面があります。アクティブとパッシブです。

アクティブ(能動的)

これは物理学者が自然界の事象を説明したり理論を構築したりするのに、必ず数学を用いて行います。
例えば、ジェームズ・クラーク・マクスウェル博士が構築したマクスウェルの方程式は、あらゆる電磁的現象を統一する理論の成果です。それまで書物で何冊にも渡って説明されたことを、たった4つの方程式で説明してしまいました。
更に驚愕するのはアルベルト・アインシュタイン博士の一般相対性理論です。この理論は時空の構造や基本的概念が極めて簡潔で一貫した数学理論で表現されることの典型例と言われています。

パッシブ(受動的)

アクティブは物理学者が数学を用いて理論を構築している事を説明しましたが、パッシブ(受動的)と言うのは、数学者が純粋な好奇心から研究した概念や理論が、後年になって全く意図しない事に役立ってしまう状況を言います。
例えば、マイロン・ショールズ博士とフィッシャー・ブラック博士がオプションの価格付け問題についての研究の一環としてブラック–ショールズ方程式を発表しました。後にロバート・マートン博士によって厳密な証明を与え、この内、既に他界していたロバート・マートン博士以外の2名はノーベル経済学賞を受賞しています。つまり、ブラック–ショールズ方程式は金融理論におけるデリバティブの価格付けに現れる偏微分方程式(およびその境界値問題)に関する方程式と言う訳です。デリバティブにも様々な種類がありますが、その中でも特にオプション取引に適しています。

さて、この説明だけですと単に経済学者が数学を用いただけのように見えますが、実はオプション価格の評価には長い歴史があります。その最初の段階で用いられたのがブラウン運動です。
簡単に言うならば水や空気等の流体中の微粒子の不規則な運動状態のことです。
次に研究者が熱伝導と言う現象、即ち熱力学第二法則から導出される固体または静止している流体では熱は高温から低温に移動して均衡を保つと言うものです。この熱伝導においてフーリエの法則を使って導出した熱伝導方程式が使われました。
最終的に確率微分方程式を導入する事によってブラック–ショールズ方程式が完成しました。
このオプション価格の評価を研究していたのは経済学者でした。そして、彼らは既に論文や書籍になっている数学の中からオプション価格の評価に使えそうな方程式や理論をつなぎ合わせて行ったのですが、それが何を表す式や理論であるかには無頓着でした。
2つの物理学と1つの数学を用いて経済学における方程式が誕生されるなど、ブラウン運動・熱伝導方程式・確率微分方程式を考案した物理学者や数学者にとっては予想もしえなかったでしょう。
別な例として電子基板や電子機器の設計者に共通する悩みがあります。電子基板にはレーザー・ドリルで無数の穴を開けて行きます。この時のコストを最小化するためには、ドリルがそれぞれの穴を1度だけ訪れる最短の経路を見つけなければなりません。
しかし、この問題は既に1920年代から研究されていた巡回セールスマン問題と言う研究を用いるだけで解決できてしまいました。また、巡回セールスマン問題は著名なアルゴリズムの一つでもあります。
元々は政治家が遊説を行う時の移動コストを最短にする為に研究された数学が、工業分野で応用された訳です。
近年は複雑な社会学において、世論を予測する為に社会構造・組織・集団を数学的見地から検討してモデルを構築しようとしていますし、言語学者・認知心理学者・論理学者が計算言語学を用いて自然発生言語の研究をしています。

いかがでしょうか?純粋数学は数学者がその好奇心のままに研究をして構築した理論や方程式であって、物理的実在の世界のことなどとは無関係に…換言するならば数学のために数学の研究をしているものです。
にも関わらず、なぜこんなに物理的実在の世界を表すのに最適なのでしょうか?
そして単なる物理的実在の世界から、人間が構築した社会構造などの人文科学の分野にまで適用できるのでしょうか?
今の学術分野で数学を用いていない学問の方が希有な存在になっています。

数学は宇宙から量子の世界までを全て説明できる現時点では唯一の言語です。つまり、数学が存在しなかったら科学は一切存在し得ませんでした。更に数学は未だに未知の部分の方が多く人間が数学を完全に理解することはできない・数学から未知の領域を無くすことはできない、と言われています。
数学者の多くが数学は神の言語であると信じていると言うのも納得できませんか?

次回予告

さて、今回はかなり堅苦しい話になってしまいましたので、次回も少し寄り道をして、不思議な数についてお話ししたいと思います。

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